2023.02.27

東京・春・音楽祭 ――春の上野は音楽も満開

江戸時代から桜の名所として人々に親しまれてきた上野の山。いま、桜とともに春の上野の風物詩となっているのが国内最大級のクラシック音楽の祭典「東京・春・音楽祭」です。音楽ホールだけでなく、美術館・博物館から街角まで、街全体が音楽に彩られる1ヶ月間。音楽と美術・建築、そして街の文化と歴史が一体となって、春の上野を盛り立てます。

JR上野駅の公園口を出ると、広場の左前方にドーンと構えるのが、「東京・春・音楽祭」のメイン会場、東京文化会館です。日本のモダニズム建築の巨匠・前川國男(1905~1986)の設計により1961年にオープン。ロビーやホワイエなど開放感のあるパブリック・スペースが来場者を心地よく迎えてくれます。星空のようにランダムに配置された天井のライト、サーモンピンクに彩色された通路の壁、赤を基調に青、緑、黄をまだらに散らした座席シート、ホール壁面の彫刻による音響対策など、凝ったデザインが随所に施され、開館60年を超えてなお、古さを感じさせません。そしてなにより、重厚であたたかい音響。"クラシック音楽の殿堂"として特別な存在感を放っています。

「東京・春・音楽祭」ではここに国内外の一流演奏家たちが次々に登場するので、別々のコンサートに出演する大物アーティスト同士が楽屋口で思わぬ再会を喜び合うシーンもしばしば。国際的な交流の場にもなっています。

2023年は大ホール、小ホールあわせて約40公演が開催予定。オペラ、オーケストラから室内楽、リサイタルまで豊富な選択肢が用意されています。イタリア・オペラの正統を現代に継ぐ指揮者リッカルド・ムーティのヴェルディ《仮面舞踏会》、ど迫力のバス・バリトン、ブリン・ターフェルのオーケストラ付きリサイタル、ドイツ音楽の巨匠マレク・ヤノフスキ指揮によるワーグナー・オペラ《ニュルンベルクのマイスタージンガー》などなど。筋金入りのクラシック・ファンはもちろん、初心者・入門者も必ず納得できる"本物"が上野の杜に揃います。

東京文化会館より2年早く完成したのが、向かい合わせに建つ国立西洋美術館。近代建築の父ル・コルビュジエ(1887~1965)の設計で、2016年に世界文化遺産に登録されました。前述の前川國男はル・コルビュジエの愛弟子。じつは前川の東京文化会館は、師の作品である国立西洋美術館と巧みにコラボしています。東京文化会館のめくれ上がった大きな庇(ひさし)とそれを支えるコンクリート打放しの柱はル・コルビュジエ得意のピロティ(壁のない吹き抜けフロア)に呼応していますし、その庇の高さは国立西洋美術館の屋根の高さに揃えられています。また、東京文化会館のガラス窓の桟(さん)に注目してみてください。国立西洋美術館の前庭の石畳の目地の延長線上にぴたりと合致するように配されているのです。師弟の作品は一体となり、あいだの広い歩道を「中庭」として共有しているかのよう。国立西洋美術館では、3月に始まる「憧憬の地 ブルターニュ」展を記念したミュージアム・コンサートが開催されます。

美術館・博物館での「ミュージアム・コンサート」は「東京・春・音楽祭」の大きな魅力のひとつで、各施設で開催されます。
まず国立科学博物館。「地球館」のコンサートは展示室が会場で、天井から吊るされた太古の巨大海洋生物の復元骨格の下での音楽会は、ドキドキする貴重な体験です。1931年に建てられた国の重要文化財「日本館」でも公演があります。

上野公園の中央の広場から噴水越しに見える威容が東京国立博物館。ここでは毎年、「東博でバッハ」シリーズが展開されています。印象的なのが法隆寺宝物館でのコンサート。洗練された美しいガラス張りのエントランスにバッハが響き渡ります。このコンサート開催時のみ、普段は使われていない重要文化財の黒門(旧因州池田屋敷表門)から入場できるのもうれしい特典です。門の傍らにライトアップされる桜も見事で、幽玄な雰囲気が醸し出されます。

他にも、東京都美術館(これも前川國男設計)では同時期に開催される特別展「エゴン・シーレ展」「マティス展」にちなんだコンサートが、上野の森美術館では現代美術展「VOCA展」の展示作品の前で現代音楽を聴く、知的好奇心を刺激するコンサートが開催されます。

国立国会図書館 国際子ども図書館は、かつての帝国図書館(1906年竣工)です。2000年に安藤忠雄設計により改修され、児童書専門図書館として生まれ変わりました。歴史的建造物を保全・復元しつつガラス構造を独創的に合体させ、歴史とモダンが絶妙に融和しています。ここでは「東京春祭 for Kids」として、絵本の朗読と音楽による無料コンサートが開かれます。

上野と音楽の関係を語るのに欠かせないのが、やはり東京藝術大学の存在でしょう。前身の東京音楽学校の最初の校舎として1890年(明治23年)に建てられたのが旧東京音楽学校奏楽堂(重要文化財)です。老朽化のため1987年に上野公園内に移築・復元され、現在は台東区の所管です。学生時代の瀧廉太郎や山田耕筰もこのステージに立ったはず。日本人によるオペラ上演の歴史もここから始まりました(1903年グルック《オルフェオとエウリディーチェ》)。ここでの「東京・春・音楽祭」の公演は土曜日の午後が中心。窓から射し込む公園の樹々の木漏れ日は、古い木造ホールならではの清々しい味わいです。

一方、藝大キャンパス内の旧奏楽堂跡地には現在、1998年に完成した新たな奏楽堂が建っています。ここも「東京・春・音楽祭」の会場のひとつ。ホールへ向かう道すがら、校門を入ってすぐ左手には、レトロな赤レンガの建物があります。なんと藝大ができる前にここにあった「教育博物館」の建物で、1880年の建築です。

さて、上野公園は今年開園150周年を迎えています。1873年(明治6年)、芝公園(港区)や飛鳥山公園(北区)など5つのスポットが日本初の「公園」に指定されたのです。
そんな長い歴史のある公園散策にうってつけなのが「エレン・リード SOUNDWALK」です。公園内を歩きながら専用のスマートフォン・アプリ(無料)で音楽を楽しむ、"環境を聴く"という体験。スマホがGPS情報を読み取って、歩いた距離やルートなどにより音楽が変化します。歩くたびに異なる音楽と風景を感じることができるのです。

今年は「桜の街の音楽会」も帰ってきます。2019年以来の再開となる、街角の無料ミニコンサート。無料とはいえ旬のアーティストたちが登場する、充実のラインナップ。重要文化財の「旧岩崎邸庭園」や台東区指定有形民俗文化財の「旧吉田屋酒店」、遮るもののない広い空が気持ちよい「パンダ橋(上野駅東西自由通路)」、飲食関連の道具街として賑わうかっぱ橋にほど近い「台東区生涯学習センター」など個性的な空間が特設ステージに早変わり。気軽に立ち寄れるのがうれしい音楽の広場です。
コンサートの前後に浅草や谷根千(谷中・根津・千駄木)に足を延ばすのもおすすめ。最強のお花見スポットであるのはもちろんですが、それだけで満足してはもったいない春の上野をぜひ満喫してください!

東京・春・音楽祭2023

期間:2023年3月18日[土]~4月16日[日]
会場:東京文化会館、東京藝術大学奏楽堂(大学構内)、旧東京音楽学校奏楽堂、 国立科学博物館、東京国立博物館、東京都美術館、国立西洋美術館、上野の森美術館/他
主催:東京・春・音楽祭実行委員会

公式サイト:https://www.tokyo-harusai.com/

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