2023.10.24

数百人の会社員が熱唱する、「新宿のど自慢大会」の舞台裏

新型コロナウイルスの5類の移行と、それに伴うイベント開催制限撤廃により、野外イベントが大々的に復活した2023年夏。
各所でビアガーデンや花火大会などが解禁され、大歓声の応援が響いた甲子園も記憶に新しい。
そんななか、高層オフィスビルが立ち並ぶ西新宿で、数千人もの会社員が熱狂した催しがあった。それが三井不動産が主催する「新宿三井ビルディング 会社対抗のど自慢大会」だ。
のど自慢といえど、単なるカラオケ大会ではない。
「新宿三井ビルディング 会社対抗のど自慢大会」は新宿三井ビルディングが竣工した1974年以来、今年で46回目を迎える。参加企業数は44社、75組、出演者213名にも上り、予選から決勝まで3日間をかけて行われる。
大手デベロッパーとはいえ、ビル単独でこれほどの規模のイベントは異例だ。イベント開催の狙いや目的とともに、終始熱狂に包まれた現地ルポをお届けする。

プロ顔負けのパフォーマンス

2023年8月25日の夕方、新宿三井ビルディングの地上階に広がるパブリックスペース「55HIROBA」に、仕事終わりらしき会社員が続々と集まってくる。彼らは、これから開催される「のど自慢大会」の決勝を見届けに来たようだ。
なかには缶ビール片手に、惣菜のオードブルをテーブルに並べる光景も見られ、同僚同士でビアガーデンに来たかのような雰囲気を醸し出す集団の姿もある。
ライブさながらの照明や音響で彩られた迫力満点のステージで、歌とダンスのパフォーマンスが繰り広げられ、採点はレコード会社の元社員や現役歌手が行う。
近年はパフォーマンスのレベルの高さが、SNSなどで広く知られるようになり、数多くの一般客が観覧に詰めかけるそうだ。
18時頃になると、テナント企業の席は完全に埋まり、パフォーマンスの準備をした会社員たちがステージ周辺に集まる。
決勝に参加できるのは、全75組中、予選を勝ち抜いた20組だ。
ステージ周辺は1曲ごとに入替制をとっており、パフォーマンスをする会社の同僚たちが最前列で応援できる仕組みになっている。
歌唱やダンスのクオリティは非常に高く、X(旧ツイッター)で3日間実況をする熱心なファンもいるほどだ。

照明や音響はプロのライブレベル。会社の仲間たちが最前列で応援する。 照明や音響はプロのライブレベル。会社の仲間たちが最前列で応援する。
歌のラインナップは最新のアニメソングから、90年代J-POP、TikTokで流行ったダンスパフォーマンスまで幅広い。 歌のラインナップは最新のアニメソングから、
90年代J-POP、TikTokで流行ったダンスパフォーマンスまで幅広い。
往年の流行歌を歌う企業も。 往年の流行歌を歌う企業も。
ステージ上に舞う紙吹雪は、入居企業から排出されたシュレッダー紙を再利用している。 ステージ上に舞う紙吹雪は、入居企業から排出されたシュレッダー紙を再利用している。

サービス面から顧客満足度を向上

運営を担当する三井不動産ビルディング本部の吉岡良氏は次のように語る。
「運営に携わるのは今回が初めてですが、各企業様の熱の入れよう、歌や衣装のレベルの高さに驚いています。
新型コロナウイルスの影響で、今年は2019年以来4年ぶりの開催となりました。
2~3月頃から、今年の大会の有無に関するお問い合わせをいただき、予想以上の期待の高さを感じました」
なかにはこの大会に出るために、新宿三井ビルディングに入居を決めたテナントもあるという。
なぜ三井不動産は、数多くのテナントを巻き込んで、こうした大々的なイベントを主催するのか。

三井不動産株式会社 ビルディング本部 法人営業総括二部 主事 吉岡良氏

「リアル・エステート・アズ・ア・サービスと昨今言われているように、当社オフィス事業においては、提供する物件をハード面だけで訴求するのではなく、イベントや福利厚生などのサービス面も充実させて、顧客満足度の向上を目指しています。
こうした考えのもと、テナント企業の皆様に楽しんでもらえるよう、各種イベントを年間で100以上開催しています。
新宿のど自慢大会は、その原点とも言えるかもしれません。
以前は規模は違えど、各テナント企業様で運動会や社内イベントもたくさんありました。近年は"社内一丸となって"というようなイベントも減ったため、新宿のど自慢大会が再び注目を浴びるようになってきたのかなと感じています」
ただのお祭り騒ぎに見えるかもしれないが、背景にある狙いはコミュニケーションの活性化だ。
「歌や踊りの準備や練習を通じて、普段会わない人との部署や職種の垣根を越えた出会いを生むことが、テナント企業の皆様のコミュニケーション活性化に寄与していると考えています。
今まで通りの仕事を同じようにこなすだけなら、社内のコミュニケーションが希薄でも仕事は回るかもしれません。
ただ、新しいアイディアを考えたり、戦略的な方向性を定めたりするには、部署や職種を超えた、さまざまなバックグラウンドを持った人たちが、コミュニケーションをして、化学反応を起こすことが必要ではないでしょうか。
部署や企業の垣根を越える一つのきっかけになれば嬉しいです」

最前列は朝7時半にほぼ満席

のど自慢大会の決勝が開演する1時間前。すでに会場は観客や応援客で埋め尽くされ、吹き抜けになった2階を見上げると、ギャラリーが幾重にも列をなしていた。
たまたま通りかかって、人だかりに興味をそそられ、観客の視線の先に何があるのか覗き込む人も多数見受けられた。

風船を手に応援練習をする参加企業の社員たち。オードブルをつまみながら、開演を待つ会社員の姿も。 風船を手に応援練習をする参加企業の社員たち。オードブルをつまみながら、開演を待つ会社員の姿も。
2階部分からステージを眺める一般客。音や人だかりが気になり、足を止める人も多い。 2階部分からステージを眺める一般客。音や人だかりが気になり、足を止める人も多い。

スティックバルーンを片手に話す40代の男性は、毎年のど自慢大会の応援に駆けつけているという。
「今日は朝7時半に現地に来て、どうにか最前列のテーブル席を確保できました。
ここ数年はコロナ禍で、社内で名前は知っていても顔はわからない若手が増えたのですが、のど自慢が良い顔合わせのきっかけになります」
続いて、すでに酒盛りを始めている団体にも声をかけた。
「ウチは出場者が1人なんですけど、応援に多数の社員が駆けつけます。
当社が初めて参加した2018年以降、毎年若手から『今年はやるんですかね?』という声もちらほら聞こえてくる。案外、参加したい若者も一定数いると実感しますね。 歌が上手いという社員の意外な一面を知って、それをみんなで全力で応援するという機会は、非常にありがたいなと感じています」

お酒と食事を片手に応援するテナント企業社員たち。 お酒と食事を片手に応援するテナント企業社員たち。
優勝したネット銀行のパフォーマンス。 優勝したネット銀行のパフォーマンス。

部署の垣根を越えるきっかけ

本大会の常連となっているのが、ベネッセコーポレーションだ。
今年、石川優子とチャゲによる往年のデュエット曲『ふたりの愛ランド』を披露した菊野さんと砂原さんが、出場を通して感じた大会のメリットや醍醐味を語ってくれた。

株式会社ベネッセコーポレーション 菊野徳一さん 砂原麻里さん

菊野:私が初めてのど自慢大会に出場したのは、2012年です。
もともと当社は、運動会等全社を挙げてイベントに取り組むのが好きな会社でした。僕自身も大好きでしたので、のど自慢大会にも喜んで参加し、初出場で決勝へ進出、社内の盛り上がりはハンパじゃなかったです。
普段関わりのない部署の人が全力で応援してくれたり、メールで応援メッセージを送ってくれたりもしました。結果応援賞が取れたことはうちらしい結果が出せたと思っています。
ベネッセには「のど自慢大会を上手く利用して、社内のつながりを活性化したい」と考えている社員がいて、毎年出場者に声をかけたりマッチングしたりしてくれるんです。

砂原:私もその方から、のど自慢大会の話は聞いていて、「ぜひ出てみたいです!」と希望を伝えていました。
出場が決まってから、私の夏が幕を開けた感じです(笑)。

菊野:そこから2人で曲を決めて、昼休みに職場近くのカラオケで練習する日々が始まりました。残念ながら決勝進出は逃したものの、大会に出た収穫は大きかったですね。
支社、他部署、取引先、年齢といった壁を越えて、社内の人たちと仕事の話や業績に関係なく、夢中になれるのはとてもいい思い出です。
それに仕事上の人間関係にも生きていると思います。
のど自慢前は「◯◯事業部の△△さん」という認識だったのが、「のど自慢を応援してくれた△△さん」とか「一緒に歌った△△さん」と親密度が一気に上がる。 こういう関係の深め方があると、業務も円滑に進みますよね。

砂原:ステージの前に社内の応援団がバーッと並んで「ワーッ」と盛り上げてくれますし、出場後に社内で「最高でした!」と声をかけられると、やはり嬉しいですね。
今までそんなに接点がなかった社内の人とも、これを機に交流が生まれました。

菊野:こういう社内にも良い影響があるイベントを作り込んでくれるのは、三井不動産さんの懐の深さだと思うんですよ。少しでも我々、入居者に楽しんでもらおうとする心意気を感じますよね。

偶然の出会いが生むホスピタリティ

三井不動産 川田氏によれば「イベント自体だけでなく、イベントを通じた参加企業との交流も、テナント企業の満足度向上につながっている」という。

三井不動産株式会社 ビルディング本部 法人営業総括二部 主事 川田友梨氏

「今回は4年ぶりの開催ということもあり、新宿三井ビルのテナント企業様1社1社に、大会復活のお知らせと参加のお願いに回りました。
さまざまな企業のご担当者様とお会いする中で、のど自慢大会がテナント企業様の社内交流になっているだけでなく、テナント企業様同士の交流にもつながっていることを実感しました。
出場後、館内の別のテナント様から『のど自慢の決勝に出て◯◯を歌っていた方ですよね?』と声をかけられることがあるそうです。
今年の初日の1組目は当社のメンバーが出場し、テナント様が応援に駆けつけてくださいました。
もちろん、新宿のど自慢大会を一緒に盛り上げたいという気持ちが一番ですが、こういう機会にテナント企業の方々と交流できるのは大きなメリットです。
当社は日頃から、テナント企業の皆様に充実したオフィスライフを過ごしていただけるよう、『困りごとがあれば、何でも言ってください』とお伝えしています。
ただ、そう言われても、どんな悩みを相談したらいいのか、どう相談しようかって、なかなか難しいですよね。
ところが、今回のようなイベントがあると、『のど自慢の打ち合わせにいた人だ』とか『あの曲を歌っていたよね』とかとテナント企業の皆様との距離が縮まって、気軽に相談してくれるような関係に発展することが多いんです。
実際にいただく相談としては、『社内コミュニケーションの活性化をしたいが、どうしたらいいか』『働き方を見直したいので提案をお願いしたい』『三井不動産の別部署と連携してビジネスを展開したい』といったビジネスに直結するものから、『こんなお店を誘致してほしい』といったものまでさまざまです。
イベントでのつながりがあることで、テナント企業様の業務に関わるものだけでなく、オフィスに関する、ちょっとした悩みごとについてもご相談いただけていると感じています。
気軽に話せる関係が、三井不動産の次の提案を生み出すきっかけになっています」
デベロッパーの立場として、テナントとの関係や、あるいはテナント同士の交流を生み出している三井不動産。今回ののど自慢大会をはじめ、年間100以上ものイベントを企画し、こうしたテナント内外でのコミュニケーション活性化とリアルの価値を感じられる取り組みを能動的に仕掛けているのだ。
「各種イベントの他にも、『&well(アンドウェル)』と呼ばれる健康経営支援サービス、『ワークスタイリング』というシェアオフィス事業など、多方面からソフトサービスの拡充を図っています。
オフィスは足繁く通う場所ですから、1つでも不満があると、たとえ小さくても気になってしまいます。そういった不満を取り除きながら、イベントなどの楽しい時間を通してリアルの場の価値をご提供したいです。
ハード面だけでなく、そのようなサービスを拡充して、入居し続ける価値を提供し続けられるデベロッパーでありたいと考えています」

ひとりひとりの
多様な働き方を応援する

詳細はこちら

執筆:佐藤隼秀
編集:金子祐輔
撮影:岡村智明
デザイン:小谷玖実

NewsPicks Brand Design

column