2026.04.14

イベントレポート:話題作『対岸の家事』から考える、多様な働き方と職場のあり方

『三井のオフィス』では、毎年3月の国際女性デーに合わせ、女性のキャリアや多様な生き方について考えるイベントを開催しています。4回目となる2025年度は、話題の小説・ドラマ『対岸の家事』をテーマに、原作者やドラマ制作陣を招いたクロストークイベントを実施。作品の背景や制作エピソードを交えながら、立場の違いを理解し合い、誰もが働きやすい職場をつくるために必要な視点について語り合いました。

<ご登壇いただいた皆さま>

■登壇者

作家
朱野 帰子氏

映像ディレクター・監督
竹村 謙太郎氏

株式会社TBSスパークル
エンタテインメント本部 ドラマ映画部
阿部 愛沙美氏

原作者と制作陣が語る『対岸の家事』の背景

3月5日(木)の当日、会場となった東京ミッドタウン八重洲カンファレンス5階イベントスペースは、約70名の現地ご招待者様を迎え、ほぼ満席に。加えてオンライン参加者を含めたハイブリッド形式で開催されました。

開会にあたり、まず三井不動産 法人営業統括推進部の小松原 高志さんが挨拶に立ちます。今年の国際女性デーのグローバルキャンペーンテーマ「Give to Gain(与えることで共に得る)」を踏まえ、本イベントではジェンダーや立場など多様な背景を越えた相互理解をテーマに掲げたことが紹介されました。「どれほど両立支援制度が整っていても、職場の誰かがそれを『対岸の火事』だと捉えている限り、真のDE&Iは実現しません。本日のイベントを通し、生活者としての社員が抱えるリアルを組織の中で力に変えていく、そのヒントとしていただければと思っています」と小松原さんは語ります。

第1部は「『対岸の家事』著者×監督×プロデューサーが本音で語る!トークディスカッション」。MCが登壇者3名を紹介すると、会場は大きな拍手に包まれました。

まず話題にのぼったのは作品執筆の経緯です。朱野さんは、会社員として働いた後にフリーランスとして独立し、その後出産。仕事と育児の狭間で感じた出来事が、作品の着想につながりました。きっかけとして紹介されたのが、専業主婦になった後輩のエピソードです。後輩が通っていた児童館で他のお母さんたちに職業を尋ねられ、「今は育児をしています」と答えたところ、あらためて「で、仕事は?」と聞き返されたといいます。この話を聞き、「今は働きながら子育てをする人が多数派で、専業主婦の方が少数派なのかもしれない」と認識が揺さぶられたと朱野さん。その小さな衝撃が、『対岸の家事』という物語の出発点になりました。

会社員でも専業主婦でもないフリーランスという立場で仕事と育児を両立する中、執筆当初は自身の感情が強く出すぎてしまい、編集者から「これは朱野さんの愚痴ですよね?」と指摘されたこともあったといいます。時間を置きながら何度も書き直し、客観的な視点を取り入れて作品として磨き上げていきました。

一方、竹村さんは『対岸の家事』を初めて読んだときの印象を尋ねられると、「冒頭でいきなり、主人公・志穂が『1日でいいから誰かに食事を作ってもらいたかった』と高校卒業の日に家出する。その時点でガツンと心を揺さぶられました」とのこと。「仕事柄、ドラマでもいろいろなキャラクターに感情移入してしまうのですが、専業主婦、ワーキングマザー、育休を取る男性など、どの視点も刺さりまくりで、『あるある』『いるいる』の連続でした」と振り返ります。

ただし、あまりにリアルすぎる描写は視聴者にとって重くなりすぎる可能性もあるため、ドラマでは「手が届くリアルさ」を保ちながらも、希望が感じられる描き方を意識したといいます。衣装や家具などの細部も現実的な設定にこだわりつつ、「地に足はついているけれど、少しだけ浮いている」バランスを大切にして演出したと制作の裏側を明かしました。

プロデューサーの阿部さんは、作品に触れて「これは自分の人生にも関わる物語だ」と感じたといいます。「子どもが熱を出したので迎えに行きます」と早退する同僚に戸惑いを覚えた経験を振り返りながら、制作にあたっては子育て中の友人の家を訪ね、日々の生活を一緒に体験。朝から夜まで続く育児の大変さを目の当たりにし、「自分の時間が全くない。これに加えて働いているお母さんはどれだけ大変なのか」を実感したと語りました。

それぞれの立場で向き合う仕事と生活のバランスとは

トークはさらに、制作現場の働き方にも話題が広がります。撮影時間や休息時間のルールを守りながらスケジュールを組む難しさや、スタッフの負担が偏らないよう声を掛け合う工夫など、映像制作の現場ならではの課題も共有されました。

阿部さんは「私は、自分の時間を犠牲にして働くことが良いことだと思っていたタイプで、今もどこかにその感覚は残っているかもしれません」と語りつつ、「なので、つい『自分がやります』と言ってしまうのですが、そうすると決めたのは自分なのに『自分だけ?』と思うような瞬間もあります。そこは自分自身気をつけなければならないし、周りに負担を背負わせすぎていないかにも気配りが欠かせないところです」と、プロデューサーとしての立場を示します。

竹村さんもまた、労働時間の削減が進む現在の制作現場について、「昔に比べると、それぞれの仕事量は確かに減りました。ハラスメントの概念が広がり、声を掛けづらい場面も増えています。ただ、全体の熱量が落ちてしまうのは絶対に避けたいので、そのバランスが難しいですね」と葛藤を明かします。

登壇者それぞれが考える「働きやすい職場」についても意見が交わされました。朱野さんは、子どもの成長によって生活リズムや子育ての課題が大きく変わる現実に触れながら、「その都度、仕事量を調整するしかない」と姿勢を示します。フリーランスという立場のため、「この時期は仕事を入れないようにしよう」「残業しないようにしよう」といった形で働き方を変えてきたとのこと。ただ一方で、会社員として働く友人たちを見ていると、保育園、小学校、中学校、さらに受験期と、ライフステージごとに働き方を変えていくことの難しさを感じるとも話しました。

竹村さんは、制作現場では時間やスケジュールの制約が大きく、柔軟な働き方が難しい現状を指摘。「誰かに何かあったとき、すぐに代替を見つけられる余裕がないと、結果的に『やれる人』に負担が集中してしまいます」と述べ、組織として体制づくりを見つめ直す視点を示しました。

阿部さんは二人の話に同意しつつ、「働きやすさは人それぞれ違うので、選択肢がたくさんあって柔軟に対応できるといいのだろうなと思います」と話します。

参加者のリアルな悩みに登壇者が回答

第1部終了後、休憩を挟んで第2部「参加者からの質問にズバリお答え!Q&Aセッション」へ。朱野さんと竹村さんが、参加者から寄せられたさまざまな質問・意見に答える時間です。

今回のイベントは、参加者がスマホから質問・投票できる双方向コミュニケーションツールが活用されました。現地参加者だけでなくオンライン参加者からもリアルタイムで質問やコメントが寄せられ、第2部ではそれらをもとに登壇者との対話が進みました。質問の内容は、作品に込めた思いから登場人物への共感、さらには自分の職場の悩みや葛藤に重ねたものまで多岐にわたります。

「キャリアと子どもとの時間を100%で両立するのは難しく、人生の優先順位に迷っています」というコメントに対し、朱野さんは「完璧に両立するのはやはり難しいのではないでしょうか。お父さんのように働き、お母さんのように子育てするという昭和的な理想像に合わせようとすると、かなり厳しいと私自身も感じています」と率直な思いを明かしました。そのうえで、「優先順位は子どもの年齢によっても変わりますよね。幼児期は命を守ることが最優先でしたが、小学校になると教育の問題も出てきます。子どもの性格によっても関わり方が違い、状況は数年でくるくる変わっていく。私自身も答えは全く出ていなくて、もう流され続けていくしかないのかなと思っています」と続けました。

こうした議論を受け、竹村さんも「あまり深く悩みすぎないことも大事。答えは人それぞれ違うものですし、なるようになると思って、やれることをやっていくしかないのかもしれません」とコメントしました。

また、参加者からはドラマの中で取り上げられ話題になった「肩代わり制度」(育児・介護で休む社員の業務負担をする人に手当を支給するもの)に触れ、「素敵な制度だなと思いました」という声も上がりました。竹村さんは「金額や条件は会社によって違うと思いますが、実際に似た制度を導入している企業もあります。大変だけどお互いに支え合っていこうねという部分で、あえてドラマの中で描かせていただきました」と話します。

「さまざまな立場の人がいる中で、働きやすい職場をつくる鍵は何でしょうか」という質問に対しては、朱野さんが対話の重要性を指摘。「その都度話し合って落とし所を見つけないと、どちらかが不満を溜めたままではいずれ破綻してしまいます」と語りました。一方で、会社ではプライベートな話題を持ち出しにくいという事実を挙げ、「ドラマや映画のようなコンテンツをワンクッションとして使うと、『自分の話』ではなく『作品の話』として共有できます。そうすることで、少し円滑に会話できるのではないでしょうか」と提案しました。

竹村さんも、対話の重要性には共感を示し、「昔のような飲みニケーションは、コロナ以降なかなか難しくなっています。そうした中、うちの会社では1 on 1の機会を増やして、とにかくいろいろ話すということを何年か続けてきたら、だんだんとプライベートな話を飲まずに話せるようになってきました」と変化を語ります。

双方向コミュニケーションから浮かび上がる職場の今

後半には、朱野さん・竹村さんから参加者に質問を投げかける時間を設定。参加者の中には、企業の総務や人事に関わる立場の人が多い中、朱野さんは自身が感じる更年期に触れ、「更年期によってパフォーマンスが落ちてしまう女性の問題に、会社としてどのように対応されていますか?」と問いかけました。参加者からは「更年期セミナーを開催」というコメントが続々寄せられたほか、「オンライン診療や更年期に効く漢方を会社負担で利用できる制度を検討中です」などの声もあり、更年期への対応に注力する各社の姿が示されました。

竹村さんからは「人事をテーマにしたドラマがあるとしたら、どのくらいリアルに踏み込んだ内容を見てみたいですか」と参加者へ質問。参加者からは「Z世代との関わり方を扱ってほしい」「上層部の視点から、若手がどう見えているのかに焦点を当てたドラマが見たい」「平成までの価値観を持つ男性マネージャーの葛藤をリアルに描いてほしい」などコメントが続きました。竹村さんが「ものすごく見ていられないドラマになりそうですね」と苦笑するシーンもあり、会場からは笑いがこぼれました。

続いて朱野さんからは、働き方改革をめぐる問いかけも。「最近、働き方改革を見直すべきという声、維持すべきという声、二つに分かれているように感じます。皆さんはどう思いますか」と問うと、竹村さんも反応し、「クリエイティブ業界には、とにかく働きたい、時間を惜しまず成長したいという人も多いです。それでも会社からは『帰れ』と言われる。働きたい人の『働きたい』を奪うのはどうなのか、と感じることはあります」とコメントしました。

さまざまな質問・意見が寄せられ、「働きたい人は働ければいいが、心身に影響が出ない、家庭が崩壊しない上限は必要」「『働けない人たち』が不利にならない仕組みをどうつくるか」「ライフステージによって仕事を優先したい時期と家庭を優先したい時期があるので、自分で選べる仕組みが望ましい」などの声が並びました。「多様な働き方」「選択できる」というキーワードがコメントに多く見られ、それぞれの立場が示されました。

最後に、参加者の皆様から感想を寄せていただきました。「『対岸の家事』の世界もそうですが、社員それぞれいろいろな背景があり、やはり対話が大事だと感じました」「人のあり方や多様性を中心に考えていかないといけない時代になったと思いますし、それを選択し許容しあえる社会が広がっていくのかなと思います」「社員のリアルをもっと聞かないといけないな、と思いました。そこに必要な対策のヒントがある」などの書き込みが続き、参加者同士の学びや気づきがコメント上に映し出されました。

立場を超えて語り合い、多様な働き方を考えるきっかけに

トークセッション終了後は、隣接するホワイエへ移動し懇親会を開催。乾杯の後、参加者は軽食を手に談笑を楽しみ、会場のあちこちで名刺交換の輪が広がりました。登壇者の皆さんも懇親会に加わり、来場者と直接言葉を交わす和やかな時間となりました。

作品をきっかけに、働き方や家事・育児のあり方、そして立場の違いへの理解について考えた今回のイベント。トークディスカッションから懇親会までを通じて、参加者同士が率直な思いや気づきを共有する場となりました。『三井のオフィス』は今後も、多様な働き方や生き方について考える機会を提供していきます。

当日ご参加いただけなかった方や、もう一度視聴されたい方のために、期間限定でアーカイブ動画を掲載いたします。
ぜひご視聴ください。

※本コラムは2026年3月5日時点の情報です。

column